＊ 「臨床心理士」教・雑感
物事は、いったんブームとなると、恐ろしい。かつて「オーム真理教」がバブル時代に育った主体性なき若者たちを惹きつけて肥大化し、恐るべき反社会的集団に発展したが、昨今、私のいる心理学の世界では、ポスト・バブル期の行く先不安を抱える未成熟な若者たちを魅惑して異常な臨床心理学ブームが起こり、様々な物議を醸している。
それはまさに、「臨床心理士」教と呼ぶにふさわしい。受験生が減り続ける厳しい大学サバイバル時代に、臨床心理学系だけは受験生が増加の一途、学部・学科の増・新設も相次ぎ、我が世の春を謳っている。このブームの火付け役が、文科省の懇篤な支援を受ける心理学界の一団体・心理臨床学会とその外郭団体たる財団法人臨床心理士資格認定協会、即ち、臨床心理士資格を取れば公立学校のスクールカウンセラー（以下、ＳＣと略称）になれるとの看板が、癒し癒され時代を背景に受験生を殺到させているのである。協会はその勢いに乗り、臨床心理士資格を持つ専任教員を配置せねば臨床心理士資格を受験取得できる大学院とは認定しないとして協会所属の教員を送り込み、今や臨床心理学系学部・学科のほとんどを傘下に入れている。そのようなことは起こり得るはずもないが、ある特定の医学団体に所属する教員がいなければ医師国家試験が受けられない医学部になってしまうという不条理にたとえられる。教育カウンセリング界の権威・国分康孝氏はこの協会（並びに学会）の行動を早くから厳しく批判し続け、私もまたその犯罪的権力行為を全く認めがたいのではあるが…。
さて、ＳＣは、文科省の定める資格基準に従い、各都道府県教育委員会によって選抜され、各学校に派遣されている。文科省は、このＳＣの資格を、①財団法人日本臨床心理士資格認定協会が認定した臨床心理士、②精神科医、③大学の学長・教授などとしているが、実際には①の臨床心理士がＳＣ全体のほぼ九割を占めて独占的に採用されている。こうした状勢の下、ＳＣの資格を巡って、過日、日本カウンセリング学会、日本発達心理学会など独自に資格認定を行っている心理学関係十四団体が合同で文科省に要望書を提出した。ＳＣに対する資格限定の根拠が不明で、各団体が認定する臨床心理士以外の資格取得者（発達心理士・認定カウンセラー・学校心理士など）にもＳＣへの門戸を広げるべきだ、というものである。太いパイプをもって繋がり、「臨床心理士」教の礎を作った文科省が認定協会以外の団体にＳＣ資格を認めるはずもないが、私はこの門戸開放意見にも賛同しない。何故なら、臨床心理士も含めて、心理関係資格者はどれも皆、生徒指導・教育臨床に関しては、いわゆる＜素人＞なのである。
ここで、心理資格の代表たる「臨床心理士」を例にとれば、それは指定の大学院修士課程を修了すれば認定協会の試験を経て与えられる。因みにこれを、医学部卒業者が医師免許国家試験に合格してからなお５年以上にも渡る然るべき分野別専門的臨床研修を経てようやく専門医（分野別認定医）の受験資格を得るのに較べてみれば、たやすく分かる。要するに「臨床心理士」なる資格は、臨床心理学の基礎的な知識と技能を学習したことを称するもので、例えば非行臨床、病院臨床、学校臨床などの専門家を唱え得るものではけっしてない。医は「仁術」とも言われ、それは深い専門性に基づいた人間味溢れる臨床経験の上にようやく培われるものであるが、教育臨床の世界はさらにいっそうの「仁術」である。学校の教育経験もない者に（専門家として）ＳＣが務まるとするは、およそ弁えぬ者たちの浅慮浅見である。
専門家たらざるＳＣを派遣されて、今学校では、生徒指導に関して尋常ならざる自信喪失と無気力感が漂い始めている。上（教委）に向けてＳＣの効果有りと報告すべく心理的に強制される中で、「若年教師たちには指導困難なケースはＳＣに委ねてしまえばよいとする責任転嫁や無責任な態度が生まれ、長年生徒指導に実績を積み重ねてきたベテラン教師たちには無力感と屈辱感が植えつけられ」、専門職としての生徒指導力を錬磨する意欲が奪われつつあるのである。このことは、長く教員養成系大学にいて、またここ数年ＳＣとして深く教育現場に立ち入ってきた私には、手に取るように伝わってくる。
学校を救おうとして始められたＳＣ制度が、一つの学会・協会あるいは心理学関係学会の繁栄のみに利用され、むしろ危機状態を作り出す。この悪しき事態を放置するなら、不適応児によるいっそうの学校破壊など、由由しき結果がもたらされる。遅ればせながら、今こそ冷静かつ早急に、抜本的なＳＣ制度の改善・構築を図って行かねばならないだろう。
最後に私見を披露してみる。
① ＳＣは現職教員の中から選抜する（但し、常勤職）。教育j実践の格闘の中から一家をなした教育臨床の先達、例えば無着成恭や大西忠治らに勝るとも劣らぬ人材が教育界には陸続と生まれている。今や専門職となったＳＣに勇躍転じることと思われる。
② 心理関係有資格者は、三～五年ほど学級副担任など現場経験を与えてから採用する。資質ある者なら、現実のさまざまな教育力学を学びとって、きっと医療認定医に匹敵する専門的学校臨床心理士になると、期待される。