昨今のご時世というか、はたまた、古稀をも越えてやがて後期高齢者になる年頃になったせいでもあろうか、近頃、被害者にされたり、弱者に向けて追い落とされることが多くなった。簡単に言えば、いじめ、いたぶり、だまし等の標的にされるということ。年寄りの愚痴とも思し召して、まあまあ、お聞き下され。

　先月、四国の高松に住む息子から突然電話が入った。小学二年になる孫の一人が、香川県の小学校低学年部の将棋代表になって、大山記念館のある倉敷市で行われる全国大会・倉敷王将戦に出ることになった。可愛い孫の活躍を観るべくご来駕ありたい、と胸弾む内容である。思えば二十数年前、この息子が四六代学生将棋名人になって、痛くこの馬鹿親夫婦を喜ばせ、東京は八王子の片田舎から神戸下だりまで、プロ棋士との公開対局を観戦しに行ったことがあった。往時の心躍りを思い出しつつ、二つ返事で応じ、私と異なり未だ仕事を持つ身の妻を説いて早速、旅行の準備に取りかかった。倉敷に宿泊予定の試合前日までわずかに二日の余裕しかない。ホテルを予約し、新聞の配達停止を依頼し、留守する旨友人たちに連絡し……、『琅』も含めていくつか急ぎの原稿執筆。忙しない。そしてようやく、新幹線の予約をしに出掛けようとしたとき、はたと困った。運賃等が三割引になるＪＲジパング倶楽部の写真入りの会員証がどこをどう探しても二人分とも無いのである。あっ、過日の沖縄旅行の時にでも失くしたか−。あれこれ思案の揚げ句、ジパング倶楽部に電話することにした。会員証は無くてもなにがし会費（年間約八〇〇〇円）を払って会員になっている証拠の会員手帳はあるのだから、運転免許証持参など適当な方法で何とか（みどりの窓口で）会員割り引きの特典を受ける便宜を図ってもらえないだろうか、と。
　ところがこれが、何とも、何ともの話になった。まずは応対に出た若者Ｎ君、「会員証がなければ、何ともしようがない」の一点張りで、何の融通もない。それどころか、旅行は明後日のことだから、とても間に合うはずもない、といくら言っても、「手続きをして新しく会員証を作るほかに方法はない、写真と手数料を送ってくれ」と事務的な対応に終始し、取り付くつく島もない。一旦電話を切ったが、何とも納得できず、小半時後に今一度電話してみた。
　電話に出たのは、今度はＭなる若者。人が違えば異なる対応もあるかと、先ほどの人は駄目だと言ったが何か手だてはないか、と事情を説明してみたところ、何をか言わんや、これはＮにも増して、むしろ強面だった。「Ｎの言ったことは正しい。我々は、会員の全てに平等で、不正はできない」
　えっ、私の要請が不正？　誰が不正など要求したか。これではまるでこちらを悪者扱いではないか。思わず、腹立ち、「馬鹿たれ！」と一喝した。大人げないことだったが、これは私の悪い癖で、後はもうおきまりの一本道、「こんな不人情なところは即刻辞めるから、年度会費を月割りで返せ！」。しかし、結局、いちど納入した会費は会則に基づき返さないということ、ならば次年度から間違いなく退会するので退会届けの文書を送るよう、きつく言い置いて電話を切った。
　意外なことに、しばらくして、今度はジパング倶楽部のＹ氏から電話が入った。声から判断して年輩者のようである。退会するにはわざわざ書類を出すことはなく、この電話一本でも可能だと言うので、電話だけでは証拠が残らない、来年度に銀行の届出口座から自動引き落としされてまた会費を返さないなど言われては面倒なことになる故、きちんと解約届けを出すので、申請書類を送ってもらう。
　と、これで、相手も了解し、結構柔らかな対応だったので、切り際に、つい、
「ご丁寧に、電話をどうも」と言ってしまった。直後に、失敗った、下手に出ると、後でかえって理不尽になる輩がいる、と一瞬悔いが生まれたが、そのまさかが四日後、倉敷旅行から帰宅して、忽ち確かめられることとはなった。

　さて、妻と連れ立ち、美観の都市・倉敷へ浮き浮きと旅行に出掛けた。しかし、不快なことには因果があるのか。宿泊ホテルは株主優待で初めて利用するＪＲ西日本のホテル倉敷だったが、これが何とも低格だ。その薄汚れ具合はともかく、テレビ・化粧台背後の壁紙が長い範囲でひどく凸凹し、継ぎ目が剥げかかってもいる。一昔前のビジネスホテルでもこんな不細工な中身は見たことがない。ちょうど廊下を人品確かな年輩ご夫婦が通りかかり、見てもらったところ、「ここは一流ホテルと思って泊まってはいないが、これはひどい。私どもの部屋はこれほどではない」とおっしゃった。
　ＪＲ関係で不快さが続き、まるで株主優待券使用者を選んで〈特別室〉に入れているかのような憶測まで生まれたが、これはひがみ根性。しかし、折角の夫婦旅行をここで二泊する気にはとてもなれない。ふと眼を向けると、窓先向こうに、年に何回か利用する気に入りのホテル チェーン「東横イン」の看板を掲げる大きな建物が見えるではないか。早速、翌日分をキャンセルしてそちらに乗り換えることにした。
　翌日朝、チェックアウトしてホテルを出ると、東横イン倉敷駅南口店は至近の距離で、市の中央通りを将棋会場の倉敷市芸文館まで歩いていく途上にあった。妻と二人、手荷物など預けて仮のチェックインを済ませ、では、会場まで一キロ少々、どれほどの速度で歩けばよいかと腕の時計で時刻を確かめようとした時、ここでまたまた、折角の浮いた気分に水がさされることになった。あるべきところに愛用の腕時計がなく、いやでも不快な場面が想起してくる。
　旅行出発の前日、電池交換で預けたままの腕時計を、八王子そごうの八階時計店に受け取りに行った。慌てていたので、預かり証を家に置き忘れて出掛けていたが、その預かり証がなければ渡せないというのである。明日から旅行に出掛けるからと事情を述べ、そごうのクレジットカードを示し、わが家によく来るお客様係の森久保氏に訊いてもらえれば本人確認ができる、といかほど請うても、免許証か健康保険証以外のものでは代用が効かないと、若い店員は突っぱねるばかり。免許証や保険証など、デパートに行くとき誰が持って出ようか。けっして時計を渡しはしないという、この�Y毅然たる�Z態度には、参るしかなかった。
　それにしても、昨今、腹立たしきことが何と連綿と続くのか。初めに述べたように、それはご時世なのか、それとも、かく言う私が〈老齢〉という弱者になった所為なのか。世間に警告を発することになるのかならぬのか、よくは分からないが、思いつくまま、この半年内を、時系列でいくつか挙げてみれば−、
�@　団地内のクリーニング店。この団地ができた二〇年前からそれなりの取引がある。当時若者、今中年の主人が最近、私たち夫婦に向かい、次第にぞんざいな態度を取るようになっていた。暑い夏の日のこと、汗をふきふき、二人して大量の洗濯物を持ち込み、カウンターの真ん中に置いてほっと一息ついた時、突然その主が背後から飛んできて、つっけんどんに宣った。
「そこは、品物を渡すところ、どけて下さい」
　仕方なく、少し洗濯物を端に寄せてみたところ、今度は呻くように、
「そこには置かないで下さい、って言ってるんです」
　？？　他に客はいなかったが、奥さんがやってきて、どうぞと受け付けるまで、私たちは大量の洗濯物を両手に抱え、そこに立ち尽くすことになってしまった。
�A　新光証券八王子支店を長く利用して株式投資をしている。数年前、長年担当のＳ氏が定年退職した後も、嘱託として残った同氏を介して取引を続けている。が、遺憾なことに、Ｓ氏に対する周囲の、とりわけ若い女性たちの態度が、次第に軽侮的になっていき、それは次第に、客たる私にも転じてきた。ある時、Ｓ氏の不在時に、電話応対の女性に売り注文の取次を頼んだところ、彼女曰く、「担当者以外の注文取次はできません。後ほど、おかけ直し下さい」と、どういう訳か、それまでは行われてきた代理取次を拒絶した。
　緊急の売り時期を逸し、多大の損失も生じた。その後、Ｓ氏に対して詰問すると、もちろん同氏は謝し、翌日、五〇前後の同店課長が訪ねてきた。しかし、謝罪に来たと思いきや、詫びは上面、もっぱら新商品の宣伝と勧誘のためだった。
�B　ナショナルの電気冷蔵庫の内部仕切板が破損し、お客様相談室に電話したところ、近くの支店から電話がかかってきた。破損の状況を聞き取ると、係の人が言う。「こちらから出向くと出張費と作業代がかかる。誰でもできる簡単な作業なので、作業図と一緒に部品を送る。自分でやってみて下さい」。結局、部品代数百円を送るだけでことが済んだ。親切だった。
　その一週間ほど後、トイレのＴＯＴＯウオッシュレットの便座の固定部が破損し、ＴＯＴＯお客様相談室へ電話したところ、ＴＯＴＯ傘下のメンテナンス代行会社から電話がかかり、とにかく拝見したい、と翌日作業員がやってきた。小さな部品（ヒンジサポート）を一つ、瞬く間に交換して、「ハイ、合計五〇三〇円です（部品代　一九〇円、技術料　二四〇〇円、訪問料　二二〇〇円」」と徴収された。
�C　取り付けてから十年経過した二つのトイレ換気扇の回転音が気になりだした。思い切って交換することにした。メーカーの三菱電機相談室に電話すると、早速、地域のサービス部門から連絡があり、すでに生産打ち切り機だったため、同種後継機種と交換することになった。訪問・作業日を決める段になって、ふと、前述のケースを思い出し、念のため、見積を出してもらうことにしたが、ファックスで届いたその内訳を見て驚いた。換気扇一機の一三二〇〇円はよいとして、工事費が一機一二〇〇〇円、二機で二四〇〇〇円となっている。小さな換気扇を同じ場所に入れ替えるだけなので、子どもでもわけなく交換できる。早速注文を取り消し、ヨドバシカメラ八王子店に電話して同じものを注文。数日後届いた二機の換気扇は、同種後継種だから取り付けのビスの位置まで全く同じ、二〇分足らずで、苦もなく取り替えた。出張費はともかく、とても高額の作業代を取れるような仕事ではない。おまけに、ヨドバシでの購入価格は一機一一〇〇〇円、二機ともなれば四四〇〇円も安くなった。
　この間の事情を、一応メーカーの相談室に電話で連絡してみた。私の依頼事項はきちんと記録されていて、担当者は工事費の額を聴いただけで、それはひどい、と絶句したが、あとは、サービス店といっても組織の違う関連会社なのでと口を濁し、その後の指導については、残念ながら、とても期待できる風ではなかった。
　さてさて、情理を欠いて人を小馬鹿にする不快な行為、この程度のものなら、体験談としてどなたも次々挙げ連ねることができるだろう。何故なら、こうした小悪はまさに世に蔓延っているからである。だから、いちいちそんなことに構えていてはとても人生安んじることは出来はしない、怒るな怒るな、と言う人もいる。たしかに、理屈のある考えだ。が、こうした些細な小悪が、次には中なる悪を育て、やがて世の大悪をつくりだす根源とも思えば、たやすくそれらを許すことなど到底できない相談なのである。
　話を戻すと、倉敷旅行はと言えば、これは実に楽しかった。孫の試合の結果はまあまあだったが、所詮、囲碁や将棋は手慰み、勝っても負けても素直に興じる孫の姿に感銘し、久しぶりに息子一家との会食もできてメタボ増進。これはもう極上の幸せである。それに翌日、これもまた久しぶりに、たっぷりと大原美術館に埋没できた。言うことはない。
　日曜日とて、午前九時の開館時間には長い行列ができていた。やっと入場券を購入する順番が来て、六五歳以上は二〇〇円の割引となっていた。
「年齢を証明するものは何も持っていないのですが、いけませんか？」
「ハイ、そう言うことになっています」
「でも、見れば分かりますよね、もう七〇を越えてますが」
「いえ、ずっとお若く見えますよ」と返しながら、係の若い女性は眼を弛めた。そして、残念そうに料金を出しかける私に優しい眼差しを向けながら言うのである。
「では、念のため、生年月日を言ってください」
　一瞬、戸惑ったが、すぐに了解。
「昭和＊年＊月＊日」と大きな声で、続いて妻が、ちょっぴり低めの声で−。

　こうして私たちは、無事に割引料金で気分ほのぼの入館し、隈無く館内を回って、ゴーギャンの「かぐわしき大地」やエル・グレコの「受胎告知」等々、数々の名作に眼も心も洗われて、新幹線で、中央線で、その夜、八王子のわが家に帰りつくまで、ずっと心和んでいた。
　それが翌日、冷や水ならぬ煮え湯を浴びせかけてくるようなジパング倶楽部からの文書によって、煮えたぎる怒りと不快で、気分台無しにもっていかれた。
　まずは、その実物を御覧あれ。

　　　　　　　　　　　　　　　　　

　一体、どういうつもりなのか。私の要求は、次の三点、明快であった。
�@　全納した会費を月割りで返すこと。その上で退会する。
�A　本年度の会費を返納できないのなら、次年度から正式に退会文書を提出した上で退会する（これは、よくあるトラブル、登録済みの銀行口座から会費相当分を自動引き落としされた場合、返金を求めうる退会者であることを証明するため）。
�B　�@と�Aからの帰結として、今年度については会費の返還があれば、即退会。返還がなければ、会員資格を持ち続け、権利を行使する。
　ところが、この文書は、要約すると、
�@　前納した今年度分会費は返さない。
�A　退会は、電話で受理したので、即退会とした。
�B　�@と�Aからの帰結として、退会手続きを取ったので、向後は会員特典を受けることはできない。
　低格な表現をするなら、ゴタゴタとうるさい奴だ、エーイ切ってしまえ、と会費返却もないまま一方的に会員資格を剥奪して契約上の権利も侵害してきたのである。しかもこの結果を、当方の望みに沿って解約してやったと言わんばかりの、のうのうと表面づらを整えた慇懃無礼な文面で著し、その上、嫌がらせのように、わざわざ、旅行から帰り着く日を狙って送りつけてきた。あの時、礼を尽くして下手に出るような言葉遣いをしなければよかった、とは後の祭りであった。
　私は早速、小川幸雄氏を電話口に呼出して無法を詰ったが、彼は木で鼻を括ったような曖昧な返事に終始し、「もし、会員証が出てきたらどうするのか」と問うたときには、無言のまま、何も返答しなかった。
　ジパング倶楽部とは、ＪＲに関して高齢者の運賃割引などを行って高齢者の旅行を支援する、ある意味高齢者福祉事業の性格をも持っているが、上の行為はその目的にも反し、振り込め詐欺などと同様に、高齢者を弱者として極まりなく愚弄するものである。万一、私をもの言わぬ、否、もの言えぬ老齢者と見くびった故に為したのか……。いずれにしろ、問答無用の後は返答無用の態度を取る相手には、泣き寝入りをするか、または為しうる者はこれを社会的に糾弾し、司法的に裁きを求める事をせねばなるまい。が、無理は言わぬ。謝罪して会費を返せばよし、返さねば、今年度内ＪＲ利用の旅行（十月に岩手、十一月に青森への旅行予定）で割り引き可能な分は、慰謝料、訴訟費用とともに弁済すべし、これだけである。但し、社会的指弾を治めるわけにはいかないのは当然であろう。
　ここまで考えて、はたと思い当たった。ジパング倶楽部はＪＲ東日本の一部局に過ぎない。まずは、本件に関してこれを監督するＪＲ東日本の責任ある回答を求め、その上で対応するのが妥当である。そこで、ここに至るまでの経緯を記載した抗議文書（割愛：但し、インターネット上のホームページ『私と琅のホームページ』の本文中には掲載）を作成し、九月下旬頃の回答を期待する旨付記した上で、ＪＲ東日本社長宛に送付した。

　人情と道理、人を慈しみ人の道に背かないこと、いわば人を人たらしめる原点とも言うべきものである。情理という言葉が当てられる。近年、子どもと言わず、おとなと言わず、この情理の心を培うことに失敗したたくさんの人たちによって、子ども社会にもおとな社会にも、広く、深刻ないじめ・いたぶり・だまし社会がつくり出されている。
　私が体験に基づいてここに例示してきた不条理な出来事もみな、およそ情理に悖る人や組織によるものであり、この種の行為は昨今、日常茶飯の現象である。人々はこれらの行為に少なからず精神的また経済的に被害を受けつつも、多くはその罪過を問うこともなく終えている。種々雑多な悪行がますます増幅して世間に蔓延る所以でもある。しかし、これらの悪行こそが、昨今の不安な世情をつくり出している諸悪の根源と思えば、たとえ小悪とは言え、安易に許されるべきものではけっしてない。小悪が蔓延る世の中は、それを行う者にも行わない者にも、悪行に対する感覚を麻痺させ、さらに罪深い中悪を育てる土壌を培い、やがて国中を震撼させる大悪を生み出す基になる。現今の、親殺し・子殺し、行きずり殺人、食品偽装、教員汚職、官僚・政治家の汚職、奇手新手の振り込め詐欺……等々、世間を騒がす数々の大悪の日常化は、みな情理欠如の小悪が蔓延る風土を土台に生み出されたものである。今や、大悪・大罪は司直に委ねるとしても、この国の人心を根底から揺るがすことになる大本の小悪・小罪は、それを生み出すことに加担してきた私たち国民の一人一人がみずから治める役割と義務を持たねばならない時である。
　さて、九月も末日を迎えて明日からは十月。ジパング倶楽部からは何の音沙汰もない。如何なる対処を為すべきなのか−。腹立たしくも、悩ましい。　（〇八・〇九・三〇）
　　　　（ 『二言、三言、世迷い言』　彩光文庫　2011年）